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肖像

27歳、会社員。日記とめも帳

(映画)BORN TO BE BLUE ブルーに生れついて

※映画レビューは基本的にネタバレです。そしてJAZZには詳しくないのはご愛嬌ということで。
50年代ジャズ全盛期に人気を博し、転落し、再起し、再び転落したチェット・ベイカーの転落から再起までを描いた作品。主演はイーサン・ホーク。転落から再起まで彼を支えた女性ジェーンをカルメン・イジョゴが演じている。
 
ちなみに"BORN TO BE BLUE"はメル・トーメとロバート・ウェルズが作ったバラードで色んなシンガーがこの曲を歌っている。
有名なのはヘレン・メリル、グリフォード・ブラウンのナンバー。ざっくり言うと"ブルー"(不幸、恐怖、落胆という意味)の名のもとに生れついたけど、あなたに出逢えた僕はそれはそれで幸せだったのかもね"という歌詞でこれは映画の最初から最後までを連想させる曲で題名にこれを付けたのは秀逸と言える。
 
一番印象に残ったのは物語の終盤。
チェットは再起を掛け ニューヨークの名門クラブ「バードランド」の講演の話をつける。
チェットはこれまで支え続けてくれたジェーンに一緒に ニューヨークへ行こうと誘うがジェーンはオーディションを理由に断って口論になってしまう。
ジェーンもまた、葛藤していたのかもしれない。彼が再起への一歩を踏み出した時、彼女はずっと彼の傍にいて彼を支え、自分も支えられてきた。しかし身ごもり、女優という夢を追い続ける時間が有限になってしまったこと。このままずっと傍に居て、彼の自立に繋がるのか、自分の時間を犠牲に出来るのか一抹の不安がよぎったこと。彼女にとっては、彼のニューヨークでの講演は離れてみるいい機会だったのかもしれない。しかしチェットは講演当日、ドラッグに再び溺れないよう服用していた薬がきれ、境地に立っていた。
ラストシーン、控室の机に置かれていたのはなんとか手に入れた服用薬とドラッグ。”再起”というプレッシャーに潰されそうになったチェットが手にしたのはドラッグだった。オーディションのスケジュールがずれ、ジェーンは歌うチェットを見ていた。チェットは彼女がいることを確認し、歌いながらそっと頬に手を当てた。
それはチェットがドラッグに手を出した時に必ずする癖だった。ジェーンは、チェットの友人であるディックに彼からもらったネックレスを返し去っていく。
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チェットはドラッグに溺れ、普通に考えれば才能やチャンスを無駄にしたかもしれない。ただ彼にとってドラッグに溺れることが決してどん底ではなかった。本当に怖いのは同じ道を歩む人間に”認められない”こと。そして自分の手から”自分を見てくれる存在”が離れていくことだったのかもしれないと作品を通じて感じた。ドラッグを正当化してはいけないけれど彼にとってのドラッグはその不安を吹き飛ばすため、そしてブルーに生れついた自分に唯一与えられたトランペットを誰からも奪われないための方法だったのではないか、と映画を観て思えざるえなかった。
 
ちなみにチェット・ベイカーの文献にジェーンという女性はどこにも出てこないし、(調べた結果)
実際、再起を掛けた講演は「バードランド」で行われていない。
なのでノンフィクションとは言い難いけど、彼が再起を掛け、再びドラッグを手にするまでの彼自身の葛藤やJAZZ(トランペット)への執着に関しては忠実なのかもしれない。